裸で木に縛られた小5(子供の頃のエッチな体験告白掲示板)

子供の頃のエッチな体験告白掲示板


裸で木に縛られた小5
http://www.erotown.com/toupara/bbs/b11/index.cgi?mode=thr&no=14577

1. 裸で縛られて  投稿者:みほこ 投稿日:2013/10/23(Wed) 13:50 No.14577
  小学校5年の時です。その頃近所の子供たちは、女の子と男の子に分かれて、山の中に2つの陣地を作って遊んでいました。時々、男の子は戦争だといって、女の子の陣地に攻めかけてきたりしていました。
  そんな戦争ごっこがあった日、私は1人で山の裏側を回って、男の子の陣地を脅かしてやろうとしていました。そこで、同じ年で身体の大きな将太君に見つかりました。
  捕虜だといって、私はカズラの蔓で後ろ手に木に縛りつけられました。私は「嫌よ、放して」と言って抵抗するふりをしましたが、内心少し気になっていた将太君に縛られるのは、そう嫌ではありませんでした。

  縛られた私を見ながら将太君は「こんな蔓で縛っただけじゃ逃げられるかな」と言うので私は「逃げないよ。捕まったんだもん」と答えました。ところが、将太君は怖い顔をして「逃げられないように裸にする」と言うとワンピースを脱がそうと、背中のファスナーを下げました。私は、「自分で脱ぐからやめて。服が破れるから」と言ってしまいました。
  将太君は手を解いてくれ、私は将太君の見ている前で、ワンピースを脱ぎスリップになりました。恥ずかしさと興奮でドキドキしていると「全部脱ぐんだ」と将太君がかすれたような声で言いました。「うん」とうなずいて、私はスリップ、靴、靴下、と脱いで白いショーツ1枚になりました。
  当時私はアンダーヘアーは生えていませんでしたが、生理も始まっていて胸は少し膨らんでいました。「これでいい?」と聞くと将太君も咽喉がカラカラなのか、かすれた声で「パンツも脱げ」と言いました。

  私は恥かしいけど、将太君が私の身体に興味を持っていることが嬉しく思い、最後の1枚も脱いでしまいました。手に持ったショーツで前を隠そうとしたら、将太君は私の手を引っ張って、また木の前に連れて行き、「縛るぞ」と言うと私の両手を後ろに回して縛りました。  
  それだけではなく、今度は膨らみ始めた胸の上下にカズラの蔓を回して縛りました。将太君は私を縛ったまま「すぐ戻るから」と言って走って行きました。私はただ1人全裸で縛られて放置されました。時間にすれば15分位だったと思いますが、とても長く感じました。  
  胸がドキドキして、乳首が堅くなり、オシッコがしたいような割れ目がモジモジした感じになりました。「もし将太君が友達を連れて戻ってきたらどうしよう。」「男の子だけでなく女の子も来たらどうしよう。」「将太君が戻る前に大人の人に見つかったら、怒られるだろうなあ。」「お母さんや先生にも怒られるなあ」とか考えていました。

  さらに、「教室で今のように、裸になるように先生から言われたらどうしよう。」「理科の実験動物として裸で机に寝かされて、学級全員が代わる代わる私の乳首や割れ目を触っていくんだ」など妄想に浸ってしまいました。
  自分でも気がつかないうちに、割れ目が濡れていました。将太君が帰ってきて、「みんな帰した」と言った時には、ほっとした半面、少し残念と思いました。


  割れ目を指で開きながら、「解剖してるみたいだ」

3  みほこ - 2013/10/23(Wed) 20:03 No.14584
  将太君は、「すぐ蔓を解いてやる」と言ったんですが、私は「もう少し」と言ってしまいました。それから恥かしいけど「触っていいよ」と言うと将太君は、胸を揉んで両方の乳首を一緒に強く摘まみました。「痛い」と言うと、「ご免」と言いながらも、乳首を摘まみ続け、「硬いね」と言いました。
  私は自分の息がハアハアと荒くなるのと、太ももまで垂れたオシッコみたいな汁が気になり、両方の太ももをこすり合わせるようにしましたが、それが将太君の気を引いたようで、私の前に中腰になって、「足を広げろ」と命令し、自分でも両手で私の足を開かせようとしました。私は下腹部の力が抜け、オシッコが出そうな感じになりましたが、恥かしいのを我慢して足を広げました。
  将太君の指が割れ目を開き、いつもは隠れている部分に冷たい空気が当るのが判りました。しばらく触った後に、将太君は「よく見えない」と言って私を縛っていた蔓を解いてくれましたが、今度は地面に寝かされて、大きく足を広げさせられました。

  将太君が割れ目を両手の指で押し開きながら、「解剖してるみたいだ」と言うと、私は自分が実験のために解剖される可哀相なウサギのような気がして、興奮が高まりました。「このまま、将太君にいやらしい解剖をされて、恥かしいところを全部見られて、きっとあの穴にも何かを差し込まれるんだわ」と思うと、また割れ目から液が流れる感じがして、将太君が「ぬるぬるしたのが出てきた。オシッコと違うみたい」と言いました。
  私は「オシッコじゃないわ」と答えようとしましたが、激しい息遣いでうまく話せなくなっていました。将太君はぬるぬるの液がついた指で、クリの周りの皮をひっぱて、クリを剥きだしにしたようで、「赤い皮を剥いたら、白い硬いのが出たけど痛くないか?」と言いました。本当はかなり痛かったんですが私の答えは「ううん。もっとしていいよ」でした。
  痛みと興奮と快感で訳が判らなくなっていましまいました。ついに指が大切な穴に入りました。最初は気持ち良かったんですが、少し奥まで入れられると、びっくりするほど痛かったです。わたしが「痛い」と大声を出して腰を引くと、将太君は「ご免。ご免。もう入れないから」と言って触るのをやめてくれました。


  「オシッコするのを見せて」「いや、恥ずかしいから」

7  みほこ - 2013/10/26(Sat) 04:05 No.14589
  その日は、それで終わりましたが、将太君からはそれから何度も裸にされました。山の中だけでなく、家の納屋や学校の体育倉庫に呼ばれ、服を脱がされました。休日に体育館の倉庫で全裸にされて、跳び箱の中に閉じ込められたこともあります。
  休みの日だったけど、地区の人がバレーボールなんかをやりに来ていて、何度も倉庫に入ってきて、見つからないかとドキドキしました。

  6年になって、将太君の家に呼び出されてお医者さんごっこのようなことをされました。横に定規やコンパス、綿棒、水の入った洗面器、タオルが用意され、私は全裸でバスタオルを敷いた応接台の上に寝かされ、ビニール紐で足首、膝、手首を台に縛り付けられました。  
  将太君は、コンパスを広げて乳首の大きさを測ったり、水でぬらした綿棒でおへその中をくすぐったりしました。将太君の手が触れるたびに、とても気持ちよくなりました。それから、割れ目を開いて覗かれながら、「いつから生理があるのか」とか、「タンポンは使ったことあるのか」とか恥ずかしいことを聞かれました。
  「タンポンは使ったことがない」と言うと、将太君のお母さんの物と思いますが、タンポンを持ちだしてきて、私のあそこに入れようとしました。

  その時は、学校の授業で生理の仕組みや処女膜のことなど聞いていたので、すこし怖いけどタンポンなら大丈夫だろうと思い、将太君のするがままにされました。私のあそこからは分泌液が流れているのが自分でも判りました。
  入れる時は、思ったより痛みはありませんでした。将太君が小刻みに入れたり出したりすると、つい声が出てしまいました。将太君が「可愛い声だね」と言ったのを聞いて、急にとても恥かしくなりましたが、気持ちよさはますます高まりました。将太君はタンポンを入れたまま、クリトリスも触ってくれました。
  こねられるように触られて、とても強い快感がありました。皮を剥かれて剥きだしの状態を触られた時だけ、強い痛みを感じましたが、私が「痛い」と言うと将太君はそれ以上はしませんでした。

  タンポンは、抜く時の方が痛かったのですが、将太君が「もう一度入れるぞ」と言うと、私は「うん。して」と言ってしまいました。30分以上触られて、私は何度か軽くイッたようです。
  タンポンが抜かれて、内心「もうお仕舞いなの?」と思っていると、将太君は今度は、ナイフとフォークを持って来ました。私に「おいしそうだから、食べてやる」と言うと私の乳首をフォークで軽くつつきました。私は、また全身に電気が走り、「あっ、あっ」と大きな声をあげてしまいました。
  将太君が胸やお腹や太ももを、ナイフとフォークで悪戯し始めると、つい「食べて、食べていいよ」と言ってしまいました。

  全裸で2時間位縛られている間、将太君に色々気持ちよくしてくれましたが、オシッコがしたくなりました。「オシッコがしたいから解いて」とお願いすると、「オシッコするのを見せて」と言われました。さずがに「いや、恥ずかしいから」と答えると、「見せるまで拷問するぞ」と言うと、乳首をつねったり、割れ目を両手で強く広げたりされました。
  痛かったけど、興奮した私は息を弾ませながら「いや、いや、やめて」と言いながら、縛られて不自由な腰が、ひとりでにカクカクと動いていました。でも、将太君が洗濯バサミを持って来て、乳首を挟みかけると、あまりの痛さに本気で「痛いーっ」と叫んでしまいました。
  それでも将太君は本当に挟もうとするので、「分かった。見ていいからやめて」と言って降参しました。将太君がやっとビニール紐を解いてくれましたが、私は身体に力が入りませんでした。

  それでもオシッコがしたいのでトイレに行こうとすると、将太君は風呂場に私を引っ張って行き、「ここでしろ」と言いました。私は我慢できずに、風呂場で将太君の方を向いてオシッコをしてしまいました。オシッコをしながら「私はなんて可哀相なの。自分は真っ裸で男の子からいやらしいことをさせられて。奴隷みたい」と思い、涙が流れましたが、その反面「もっといやらしいことをされたい」とも思ってしまいました。
  その日は将太君はそれで許してくれましたが、手足についたビニールひもの後が消えるまで1時間くらい、私はショーツだけ返してもらえましたが、後の服は返してもらえず、将太君は服を着ているのに私は裸のままでした。将太君の出してくれた麦茶を飲んだり、学校の話をしたり、ごく普通の行動なのに、「自分だけ裸」という違和感でいつの間にかまた興奮してショーツを濡らしました。


  山の上の木に、生理ショーツ1枚で縛られました

10  智子 - 2013/10/31(Thu) 17:56 No.14599
  将太君とは、中学2年まで続きました。色々な遊びをしましたが、私は野外露出が一番好きでした。中学1年の夏休みの朝早く、市街地を見渡せる山の上の木に、生理ショーツ1枚で縛られました。生理中だったけど、ショーツは脱がせない約束で服を脱ぎ縛られました。
  私を縛ると将太君は「30分我慢しろよ」と言うと、その場から去って行きました。どうしたんだろうと心配になっていると、10分ほどして山の下のグラウンドに将太君の姿が見えました。裸の私を守ってくれる将太君が近くにいないのに気がつくと、とっても不安になり、初めて縛られた時のようにドキドキしました。
  もし、大人に見つかったら、悪戯されたら、いや犯されて処女を奪われたら、とどんどん怖い想像をしてしまいました。そんな私を将太君は下から双眼鏡のような物で覗いていました。
  約束通り30分くらいして将太君は帰ってきて、縄を解きながら「下から丸見えだった。白いパンツが目立ったよ」と他人事のように言うので、私は「馬鹿、馬鹿」と言って泣いてしまいました。でも将太君はその後で、人の来ない農業倉庫の中で、胸や割れ目を一杯可愛がってくれました。
  私は将太君になら初めてをあげても良いと思ってたんですが、それはまだお預けで、将太君は私に悪戯することで満足だったようです。


  大きく股裂きにして、「入れるぞ」 中3

13  智子 - 2013/11/03(Sun) 07:00 No.14607
  中学2年になると、将太君はスポーツもでき成績も優秀で、生徒会の役員にもなり、女の子の憧れになりました。私は可愛くもなく成績も普通の目立たない子で、将太君と話しをする機会も少なくなり、そのうち将太君には周りが公認する美人で頭の良い彼女ができてしまいました。
  私はもう将太君を諦めていましたが、中学3年の夏に偶然プールで出会った帰りに、久しぶりに山の中で裸にされて可愛がってもらえました。将太君の膝の上に全裸で後ろ向きに座らされて、乳首とクリトリスを一緒に摘ままれながら、「彼女にもこうやって可愛がってあげているのか?」と聞くと、「全然してない。手も握らせてくれない」と不機嫌そうに言われました。
  私が「皆に内緒なら、私に色々していいよ」と言うと、「また、縛っていいか?」と聞かれました。その日は、あまり時間がなかったので、次の日にまた会う約束をして別れました。

  次の日、早朝から親には「夕方まで女友達と買い物に行く」と言って家を出て、将太君と約束の山の中に行きました。将太君はスポーツバック一杯に、お昼ごはん、飲み物の他に、私を可愛がってくれるためのいろんな物を持ってきてくれました。
  すぐに裸にされ、谷川で泳がされ、割れ目の中を検査され、見ている前で立ってオシッコをさせられました。縛られて山の中を引き回された後、熱い日差しの下で平たい岩の上に大の字に張り付けられました。私が恥ずかしさと嬉しさでくらくらした時、将太君が私の両足首をつかんで大きく股裂きにして、「入れるぞ」と言って、男の子を私の中に入れてきました。覚悟はしていましたが、やはり強い痛みがありました。
  私の中が裂けるのが判りました。涙が溢れました。でも、歯を食いしばって耐えました。将太君は「痛いか?」と聞きながらも腰を強く動かしました。私は快感ではなく痛みで気が遠くなりました。「私、このまま死ぬのかな」とも思いました。

  気がついたら将太君は私の身体から離れて立っていました。私のあそこはずきずきと痛みました。将太君が縛った縄を解いてくれたので上体を起こすと、内腿に血がこびりついていました。将太君は私を谷川に浸けて血を洗わせ、もう一度求めました。私は拒否することもせず、もう一度男の子を入れられました。
  今度も最初ほどではありませんが痛みました。肉体的快感は全くありませんでしたが、「将太君に虐められている」という精神的被虐感が私を満足させました。だから事が終わった後、将太君に対する悪い思いは全くなく、反対に彼に「有難う」と言いました。
  その後、私は自分が将太君から離れたくないと思っていることを自覚しました。不得意な勉強を頑張り、高校もなんとか将太君と同じ進学校に入学できました。

  将太君は高校でも人気者で、交際する彼女も何人かいましたが、私は1~2カ月に1度位皆に隠れて可愛がってもらいました。前の女の子の穴だけでなく、後ろも可愛がってもらいましたし、口にも入れてもらえました。
  将太君から可愛がってもらう時は、野外や倉庫の中などばかりで、周りの女の子が話しをするように、ホテルなんか入ったことはありません。縛られたり木の枝で身体を叩かれたりして、傷ができることもありましたが、将太君はちゃんとコンドームを着けてしてくれましたので、妊娠することはありませんでした。
  将太君は東京の一流国立大学に進学しましたが、私は学力的にも経済的にも地元の国立大学しか行けませんでした。将太君との秘密の交際は終わりました。
  つまらない話しを長々してご免なさい。パソコンに向かって、将太君を思い出して、自分でしながら書いてます。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 20

驚いた 驚いた
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい

この記事へのコメント

2018年11月17日 17:26
いっしょにしよう
2019年11月02日 16:41

この記事へのトラックバック